オペラ歌手 ソプラノ 飯田みち代後援会へようこそ!

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<<   作成日時 : 2006/07/24 14:37   >>

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朝一番から病院へ。検査結果を受け取ると、今度は美容院へ。まるで、言葉遊びみたいな一日だなと思いながら、衛藤先生のもとへ車を走らせました。衛藤先生はこの鮎の季節、つりに夢中。もう150匹もつったんだとか。今度釣れたらいただく約束をしました。目に入るくらいに伸びてしまっていた前髪を切ってもらってすっきり。その上、衛藤先生に会えたから、よりすっきり。なんて素敵な人でしょう!ヘアマニキュアなどの発明をたくさんした衛藤先生。どうやって考え付くのかな。彼も私と同じなのかな。
たくさんの役を演じるときに、どうしてなりきれるのか、どうしてそういう解釈が思いつくのかと聞かれることがあります。どうして、ときかれてもよくわからない。ふと思いつくのです。ただ、日常の生活何をしていても常にどこかでそれを考えています。歯を磨くときも、友人と話しているときも。思いつくのはそんな日常生活からで、たとえば、魚の骨がのどに引っかかって、それが取れた瞬間に、とか、ベランダから遠くの建物の光を眺めているときに、なんていう感じで、脈絡なくふと、思いつく。
同じことを、Sさんも言います。たくさんの発明をしてきた彼女もやはり、常に考えていて、ふとした瞬間に思いつく。私の父も、リッカルドも同じことを言っていました。彼らを見ていると共通していることがあります。何かに対するコメントに、飛躍があるのです。
たとえば。父とテレビを見ていたときのことです。アフリカだったか、画面にあふれんばかりの牛が写されました。いっせいに移動する様子は壮大な眺め。その瞬間、父が一言。「これだけの牛が食べていける草がどこに生えているんだ。」
リッカルドもそう。「あなたはそんなに忙しいのに、きちんと食事をする時間はあるの?」という私の質問に、「僕はいつもサンドイッチで十分幸せだよ。できるだけ暖かいものを食べるようにはしているけど。でも、他の日本人の若者はいつもコンビニ弁当。僕はそれを見ると思うんだ、彼らが死んでも、葬式の前に防腐剤を打つ必要はないだろうなって。」
この、日常に現れる思考の飛躍、これがもしかしたら思いつきの鍵なのかもしれません。子供のころ、あまりにも普通からかけ離れた父を見て、ああはなりたくない、と思っていた私ですが、どんどん似てきてしまいました。気がつくと勝手に飛躍していく思考の中で遊んでいる。日常のすべての音が、勝手に頭の中で飛躍していくのをじっと聞いている。それをあらわすテクニックを考える。そんなことの繰り返し。現実に引き戻してくれる、家族や友人の存在は、だから、とてもありがたい。
衛藤先生の釣りも、先生にとってそういうありがたいものの一つなのかもしれません。それにしても、次の釣りの日が楽しみです。

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